創造する力

エンジニアリングの仕事を始めて8年になります。画期的な発見が大学などのラボで起こったことがあちこちで話題となりますが、そのアイデアが商品化するのは稀で、しかもその道のりは長いのです。実用化の前には数限りのない難関が待っています。どう解決するのか?

これまでに何十人ものエンジニアやそのたまごである大学生たちに尋ねてきました。「一つの難しいエンジニアリングの問題があります。それに対してどのようにアプローチしますか。」このような質問を投げかけてみると千差万別の答えが戻って来ます。先ず問題の本質を追究する、しばらく問題を後にして別の活動をしてから問題に戻ってくる、関連した情報を集める、同僚にその問題について説明しインプットをもらうなどです。

成功しているエンジニアたちには特有の自信があります。未知の問題に対しても解決方法を見出すことができるという自信です。それは創造する力です。知源育のプロジェクトを進めるときには当然たくさんの難関も通り抜けますから、当然この創造力が求められます。多くの問題には出来合いの解決方法が使えないからです。それはチャレンジですが楽しい経験にもなります。発見の喜びがあるからです。5つの原則のどれもがこのプロセスを促進してくれます。創造力と深い所で結びついているからです。

発問術

古代ギリシャの哲学者たちの時代から、いいえどこの文明でもその夜明けから質問によって様々な考えが発展してきたことでしょう。限りなく質問してくる幼児に閉口した経験があるかもしれません。何年も経たないうちにすばらしい知恵をつけていく人間の成長を思うと、質問することの大切さを思わずにいられません。

教育界では、「発問」という言葉で、教育者が学習者の思考を助ける質問の仕方を表現しています。上手な発問によって、考えが「促され」「深められ」「ゆさぶられ」るのです。

知源育のプロジェクトもこの発問力によって促進されます。第5原則が生活に浸透するということは、記録が増えていくことも意味します。記録と共に考えるからです。そこで、発問力が鍵になります。疑問を書き出してから、その答えを模索して記録にまとめます。記録があるからこそその疑問に何度も戻って来て、深め、大前提になっている考えでさえ、まな板の上に持ってきて調理することも起こります。いろいろなよい変化を起こす前提に、先ず考えや見方を吟味することがあることを覚えておきましょう。

よい発問ができないならば、何と時間や努力を浪費することになるでしょうか。自分の頭脳に質問を投げかけてやると、歩きながらでも何かの作業をしながらでも頭脳は考え続けます。

受け身からリードする姿勢に

日本人のよい特徴の一つは、伝統や形式を重んじ守る傾向です。それは、いいことでもあるのですが、反面、人の自主性を抑圧します。しかれた軌道に乗っていれば何とかなるというのは気楽なことです。しかし、マンネリ化と沈滞という落とし穴はあります。

そういう日本のよい伝統がある中でも、世界を相手に絶えず自分の力量を磨いている起業家、スポーツや芸術や科学などで活躍している日本人もたくさんいます。彼らは極めて独創的で、自主的に自分の道を切り開き、絶えず向上しようと既成の概念を打ち破ろうとしています。

知源育は人が自主的に向上する支援となります。第1原則と第2原則に生きることは、自分の核になる価値観を追究して自分の生活をその周りに組織します。そして身近に眠っているあらゆる可能性を上手に使います。だから、受け身とは正逆のことをやることになります。まさに目の前に新しい世界が開けてきて、舵取りは自分の手の中にあるのです。ときには軌道を外れて新しいチャレンジに取り組んでみると新鮮な息吹が生活に入ってきます。

アイデアをふくらませる

わたしたちの生活の中で何が一番大切か?それは人間関係ではないでしょうか?富も地位も名誉もけっこう軟弱な土台です。しかし、人間関係には永続的なすばらしい価値があります。喜びもそこから限りなく流れてきます。周りの人はすべて完全からかけ離れていて、軋轢やトラブルが起きることも事実ですが、人生の本当の豊かさは人間関係から来ると思います。

そこで、人を財産と見て、その人間関係からアイデアを生み出し、それを育てる方法を考えましょう。

前のメッセージで述べた原則をまとめます。1)仕える 2)相手のオーナーシップとタイミングで 3)記録と共に考えを発展 4)報告のモードでアイデアに幅が出て検討も。

生活に余裕を創り出し、人々に仕えることを心がけます。自分の視野を拡げ力量をます機会が頻繁に起こります。すばらしいことです。そういう風に人間関係を日頃から作っていると、いざというときにいろいろな支援を受けられるように回り回って祝福がやってきます。相手の都合や興味を尊重します。その人が、自分から見ると不合理なことを語る場合があっても忍耐強く耳を傾け、その人のユニークなポイントや自分とは違った見方にハイライトし、自分にとって目新しい点について感謝の気持ちで反応し、自分が理解したことが正しいか相手に確認します。話し終わったら時間を経ずに要点を記録し、それに基づいて何度も考えを発展させ、さらに疑問を明らかにし、調べ、具体的な実行を行ない、それについてその人に報告し、フィードバックをもらいます。相手が自分より年下でも、経験がない人でも同じように感謝と尊重の気持ちを忘れません。そのようにふるまうと、限りないアイデアが身近なところに見つかるでしょう。

 

アイデアの創出と発展

成功している人たち、成功している企業は常に学び、成長していると言えます。そうでないと世の中から取り残されてしまいます。あれこれのソースからアイデアを引き出し、それを応用して自分や自分の組織を向上させようと努力します。インターネットが発達した今日情報やアイデアもすぐ手に入る便利さがありますが、身近なところに埋もれている人的資源について考えてみます。1つの例を挙げますが、そこに含まれている原則をかっこに入れて明記します。

アイデアをどのようにして生み出すのか。最近、全米科学財団(NSF)の研究資金申請の準備に追われていました。環境発電とスーパーキャパシターを組み合わせてバッテリーも電源も要らず、手をかけずに活動なのどセンサーと妊娠をチェックする自動採血装置を内蔵する電子機器の開発です。乳牛に使うものです。チーム内の専門家からたくさんの情報が寄せられたことと、もう一つの予想もしなかったソースを見出しました。日本から引っ越して比較的日が浅い知り合いと親しくなり、その友人を支援するプロセスで(人に仕えることから扉が開かれることが多い)、彼が電子工学の深い経験と知識をもっていることが分かり、互いが助け合う関係が生まれました。その友人が家族の一時帰国で一人残ることになり、住む場所が必要だということで、わたしの家の1室を使ってもらうことになりました。話し好きな友人にNSFのことを話し始めると山ほどの情報が流れ出してきます。ときどき別のことで手がいっぱいのときには彼の話したいことに耳を傾けることが負担になることもあります。そのようなときにも、自分のペースではなく、彼のペースで(相手のオーナーシップを尊重)、ときには分かり切っていることを説明しようとする相手の言葉に自分の知識や理解の確認という意味を見出しながら、微妙なニュアンスの違いをマークしながら聞き、忘れる前にポイントをメモすることを怠りませんでした(記録によって考えが発展できる)。それらのメモをもとに、時間のとれるときにはのーとを復習して考えを発展させ、それを図や表や数式にまとめて彼に説明します(記録と復習で振りかえって、報告のモードでさらに深化させる)。するとまた突っ込んだ質問と提案がどんどん戻ってくるという具合で、この一人の友人のお陰でNSFへのかなり専門的な申請書類が急速に仕上がっていくのは驚きでした。

メンタルマークが生み出すもの

メンタルマークとは、活動をしているとき起こっていることで、注目すべきことを意識して覚えておこうとすることです。知源育のテクニックの1つです。日頃から問題意識を持っていないと何にメンタルマークをつけたらいいのか分からなくなるかもしれません。問題意識がそれほど確立されていないまでも、目的に向かって一生懸命に努力しているときには、ふとしたきっかけでメンタルマークがひとりでに起こってしまうこともあります。直感的に何かに気が留ることです。

記録しておけばそのポイントに後で戻って来れますが、せっかくメンタルマークができても、記録しなければそれを発展できないまま忘れてしまうこともあるので要注意。人生で確実に前進したい人は記録が欠かせません。

わたしにとっては教えることは人生で大切な部分です。だからよりよく教えたいといつも考えています。これは1つの芸術で、たくさんの要素からなっています。全体像がいつも見えているわけではありません。ある教科内容を教えるというより、学習者が学び成長することにより大きな重点がなければなりません。1つの学期が終わり次の学期に移るとき、前の経験がどれほど次の経験に役立つかは記録にかかっています。実際に教えることを通して特殊な気づきが起こります。問題点、課題が見えてきます。それを記録に残します。それをまとめ、整理し、組織し、具体策を考えて、それらをすべて記録にしておきます。そうすると、よりはっきりした形で自分の実践を向上させることができるのです。これらの記録はまさに宝の山です。どのような卓越したメンターもこのような記録ほどにはわたしの前進を助けることはできないでしょう。

振りかえりが欠けると

振りかえり(第5原則)の大切さについては何度も書きました。今回、負の局面から捉えます。活動が起こっても記録と共に振りかえりが起こらないとどういう状態になるのか。1つの活動が起こればそこには数限りない情報が生み出されています。しかし、わたしたちの脳はすべてを認識し得ませんし、また記憶にとどまることはほんのわずかです。

多くのことはぼんやりとした印象を残すだけなのです。そこに意識を向けてあるポイントについて思いを巡らすということが大事です。振りかえりがないと、ぼんやりしたことがそのままで、やがて意識から薄れ、完全に忘れてしまいます。わたしたちの行動に何の影響も及ぼさないのです。せっかく宝の山が隠れているのですが、それを掘り起こすことなく、眠らせたままになるのです。

未知への挑戦

前回の未来志向性をもう少し具体的に説明します。自分に全くない、あるいは適性がないということに挑戦してみましょう。友人と話していて、わたしが啓蒙活動を進めたりするときに、ユーモアのセンスが大切だと指摘してくれました。自分は人からは真面目一本と思われているみたいで、冗談を言ったりするタイプではないと考えられているようです。そういうセンスがまったくないわけではないでしょうが、伸ばそうと努力したことはほとんどなかったのです。

わたしのような年齢で自分の性格を根本的に変えるようなことができるのでしょうか。もちろん知源育を使えばできるはずです。しかし、ユーモアのセンスなどとつかみ所のないような課題にどうやって取り組むのでしょうか。先ず第1原則のチェック。ユーモアがあって楽しく話を進めていかれれば家内も喜んでくれるし、彼女の健康のためにも役立ちます。自分の使命が知源育を世に広めることですから、ユーモアの力は絶大です。真剣にプロジェクトとして取り組めばそれなりの成果が得られるはずです。サイクルを使ってあるレベルに達すると考えても見なかった新しい課題が限りなく見えてくるでしょう。

いつかこのプロジェクトの経過報告をするつもりです。

未来志向の仕組み

わたしは知源育は未来志向型だと言います。未知で未来の経験の領域に積極的に押し進めてくれる力を感じたからです。全く目新しい経験をするときには何から手をつけどう進めたいったらよいのか全く見当もつかないものです。5つの原則に生きていると、先ず第1原則で、自分のやるべきことがしっかり意識されていますから、それにつながっているプロジェクトであれば躊躇せずスタートできます。何の基盤がなくても。第2原則を使っていたるところにヒントや材料が見つかりますから、あれがないからこれがないからと歩みを止めません。

うまくいかない、邪魔が入るのが普通と心得て第3原則に生きていると、別に困難な中でストレスを貯めたり、挫折感を感じずに前進できます。最初から高い完成度を求めることなくサイクルで進むことを第4原則で身にしみているので、スムーズにサイクルを回していきます。その中で3つのRを使って第5原則の振りかえりの豊かな学びが限りなく起こります。ようするに未知な世界に上手に突き進む支援材料が満ちあふれているのです。だから、成功する確率は著しく高まります。

体と精神のバランス

若い頃はけっこう無頓着にやっていてもなんとか身体が動いていくれていたと思いますが、60過ぎるとさすがに体を意識的にいたわり活気づける必要があると感じます。実は若い頃でももっと大切に体を扱っていたら生産性は何倍にもなっていたのかもしれません。

しかし、残念なことに物事が順調に行っているとき、そのことについての意識は低く、そこにある仕組みに対する理解が育ちません。うまくいかない側面があると、わたしたちの意識はそこに集中して考えます。そうすると様々な気づきが起こります。

体調が気分、態度、やる気、集中力、ひいては知的生産性や人間関係に大きく影響を及ぼします。それをつかさどっているのは食物、休息、運動などたくさんの要素を含んだ総合芸術です。身の回りを整理するのが苦手だったわたしは、この半年から1年の間でかなり改善ができました。ポイントは、体の動きです。物事の整理は1つのものを今の偶然におかれている場所から、もっと適切な場所へ移す作業の蓄積です。体調が良く、気分がフレッシュなときには体が自然と動いてくれて片付いてしまいます。逆に疲れたり、体調が悪いと縦のものを横にすることさえ億劫になっています。