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振りかえりが欠けると

振りかえり(第5原則)の大切さについては何度も書きました。今回、負の局面から捉えます。活動が起こっても記録と共に振りかえりが起こらないとどういう状態になるのか。1つの活動が起こればそこには数限りない情報が生み出されています。しかし、わたしたちの脳はすべてを認識し得ませんし、また記憶にとどまることはほんのわずかです。

多くのことはぼんやりとした印象を残すだけなのです。そこに意識を向けてあるポイントについて思いを巡らすということが大事です。振りかえりがないと、ぼんやりしたことがそのままで、やがて意識から薄れ、完全に忘れてしまいます。わたしたちの行動に何の影響も及ぼさないのです。せっかく宝の山が隠れているのですが、それを掘り起こすことなく、眠らせたままになるのです。

未知への挑戦

前回の未来志向性をもう少し具体的に説明します。自分に全くない、あるいは適性がないということに挑戦してみましょう。友人と話していて、わたしが啓蒙活動を進めたりするときに、ユーモアのセンスが大切だと指摘してくれました。自分は人からは真面目一本と思われているみたいで、冗談を言ったりするタイプではないと考えられているようです。そういうセンスがまったくないわけではないでしょうが、伸ばそうと努力したことはほとんどなかったのです。

わたしのような年齢で自分の性格を根本的に変えるようなことができるのでしょうか。もちろん知源育を使えばできるはずです。しかし、ユーモアのセンスなどとつかみ所のないような課題にどうやって取り組むのでしょうか。先ず第1原則のチェック。ユーモアがあって楽しく話を進めていかれれば家内も喜んでくれるし、彼女の健康のためにも役立ちます。自分の使命が知源育を世に広めることですから、ユーモアの力は絶大です。真剣にプロジェクトとして取り組めばそれなりの成果が得られるはずです。サイクルを使ってあるレベルに達すると考えても見なかった新しい課題が限りなく見えてくるでしょう。

いつかこのプロジェクトの経過報告をするつもりです。

未来志向の仕組み

わたしは知源育は未来志向型だと言います。未知で未来の経験の領域に積極的に押し進めてくれる力を感じたからです。全く目新しい経験をするときには何から手をつけどう進めたいったらよいのか全く見当もつかないものです。5つの原則に生きていると、先ず第1原則で、自分のやるべきことがしっかり意識されていますから、それにつながっているプロジェクトであれば躊躇せずスタートできます。何の基盤がなくても。第2原則を使っていたるところにヒントや材料が見つかりますから、あれがないからこれがないからと歩みを止めません。

うまくいかない、邪魔が入るのが普通と心得て第3原則に生きていると、別に困難な中でストレスを貯めたり、挫折感を感じずに前進できます。最初から高い完成度を求めることなくサイクルで進むことを第4原則で身にしみているので、スムーズにサイクルを回していきます。その中で3つのRを使って第5原則の振りかえりの豊かな学びが限りなく起こります。ようするに未知な世界に上手に突き進む支援材料が満ちあふれているのです。だから、成功する確率は著しく高まります。

体と精神のバランス

若い頃はけっこう無頓着にやっていてもなんとか身体が動いていくれていたと思いますが、60過ぎるとさすがに体を意識的にいたわり活気づける必要があると感じます。実は若い頃でももっと大切に体を扱っていたら生産性は何倍にもなっていたのかもしれません。

しかし、残念なことに物事が順調に行っているとき、そのことについての意識は低く、そこにある仕組みに対する理解が育ちません。うまくいかない側面があると、わたしたちの意識はそこに集中して考えます。そうすると様々な気づきが起こります。

体調が気分、態度、やる気、集中力、ひいては知的生産性や人間関係に大きく影響を及ぼします。それをつかさどっているのは食物、休息、運動などたくさんの要素を含んだ総合芸術です。身の回りを整理するのが苦手だったわたしは、この半年から1年の間でかなり改善ができました。ポイントは、体の動きです。物事の整理は1つのものを今の偶然におかれている場所から、もっと適切な場所へ移す作業の蓄積です。体調が良く、気分がフレッシュなときには体が自然と動いてくれて片付いてしまいます。逆に疲れたり、体調が悪いと縦のものを横にすることさえ億劫になっています。

積み重ね

記録に関することが続きますが,なかなかそれがネックになって知源育のプロジェクトの成果が出せない人が多いので,ここで知恵と励ましをもらって下さい。私のように能力的には凡人である人間が知源育の力で多数の自己開発のプロジェクトに驚く成果を出した理由が記録にあるのです。

頭の中だけで考えている場合は,一度に想起できる事柄が極めて限られます。数種類の関連したことが一度に思い出せるだけかもしれません。人間って,思い出したい時にそのことが思い出せないことが多いのです。記録を上手にまとめる人はそれを何倍にも,あるいは何十倍にもできます。ですから考える材料の豊かさが違います。さらにその材料には何度も繰り返し戻って来れますから,考えの緻密さに著しい違いが出てくるのです。

その違いをイメージしてみます。フェイスブックに自分がキャジュアルにとったビデオの1分間のクリップを掲載したものと,宮崎駿がスタジオジブリやその他のスタッフと超大作に挑んで完成したビデオとの違いはどうでしょうか?確かに内容の豊かさや完成度の点で雲泥の違いが出てくるでしょう。知源育の原則に従いながら記録に基づいて考え、進めていくことにはそのような違いを演出する力があります。ですから,小さな記録であるとは感じながらも,大切に「積み重ね」て下さい。

軸がしっかりしていないといいショットができない

テニスのスーパースター錦織圭選手についての番組でスポーツ評論家が「他のトッププレーヤーと同じで軸がしっかりしている」と評していました。正確なショットは体の軸がしっかりしていて初めて打てるものです。私たちのプロジェクトの確実な進歩も私たちの態度の「軸」がしっかりしていることにかかっています。心が動揺しているとき,正確に判断し,大切な情報を的確に処理し,豊かな学習を起こすことができません。そうです,第3原則の5つのPが自分の取り組む姿勢の中にしっかり定着していればこの軸が坐っていることになります。5つのP(Positive, Proactive, Patient, Peaceful and Panic-free;積極的、前向き,忍耐,平静,慌てず)がどれほど毎日の活動に反映しているかチェックしてみましょう。

書くというハードル

記録をつけることがハードルになっていませんか?習慣になっていないと,「後でやるからいいや」「今ちょっと手が放せないから」「もう疲れてしまって何もやりたくない」などの内なる声に抑え込まれて記録に手が出ません。知源育のプロであるはずの私にも記録をつけるはずであっても気が乗らない時もあります。しかし,記録しないことによって失うものは莫大です。それに気づいていればいるほど,もう少し元気が出てきた時に,もう少しゆとりのある時に記録を再開できます。

先ず,筆記用具をいつでも身に付けて,あるいは身近においていてすぐ手の届くようにしておきます。書くべきことは思わぬ時に起こってくることが多いからです。信号待ち,レジで並んでいる時なども活用できます。これはと思った時に筆記用具がなかったり手が放せなくても,例えばだれかと話し中,活動の最中,運転中などの時ですが,それでもメンタルマークをつけておいて,できるだけ早い時期にそれを書き留めます。記録したことが宝であることは何度も復習すると分かってきます。どのようにしたら記録することがより自然な形で生活の中で習慣として定着できるでしょうか?

アイデア:芽生えから実現まで

アイデアの始まりはボンヤリとしてつかみ所のない印象だったりします。いいことをどんどん実現したいですよね。それがどのように起こるのか目を向けてみましょう。意外と,すごいアイデアがもう既に身近なところにいっぱい転がっていますよ。

何かを実践していると次から次へと色々な考えが浮かんでくるはずです。現実の体験に刺激を受けて考えが浮かぶのです。最初は形の定かでない,もやもやとしたものかもしれません。ある種のヒラメキ(すごいものである必要はない)とかちょっとした気づきです。「これって、どうしてこうなっているのかな?」そういう素朴な質問で引っかかって来た何か,それにちょっと注意を向けてみるのです。

ここで記録術が生きてきます。図解であったり,片言を並べるだけでも効果は絶大です。空中の浮遊物みたいのがしっかり着地する瞬間です。いったんそこに定着しておけば後でまた振り返ることができます。そうする度にアイデアがより具体的なものになります。

マルチタスクのスキル

1定の時間にたくさんの仕事をやり遂げたいと思いませんか?そのスキルを高めることはできますよ。先ずはそれが何であるかを追究することから始めましょう。周りをみて下さい。すごくテキパキと事務を進めている人がいませんか?そういう人たちのことを観察したり,その人たちからヒントをもらったり,自分でもあれやこれやちょっとしたコツを見つける努力をしてみましょう。第2原則を生かして,限りない身近な資源を掘り起こして下さい。

前にも繰り返していますが,私たちの生産性は一定ではなく,著しく変化します。時間を設定して,あるいはある時刻に間に合わせようとして夢中にあれもこれもする時に通常の何倍ものことを処理していませんか?集中力1つでどれほど人間は物事をやり遂げるものでしょうか。時には,疲れや眠さからか,あるいは気になることが心にかかっていて集中力がなくだらだらと時が流れることもありますね。仕事や大切な人々との活動などにおいては,質の高い時間をそれに向けたいですね。毎日をよく組織することによってそれが可能になります。配分とバランスが大切です。

私はどちらかというと朝型ですから,よく休んだ朝は精神がとりわけ活発に働きます。そんな時にはよくマルチタスクが起こっています。マルチとは複数のことを指し,タスクというのはやるべき事柄ですね。つまり,同時に色々なタスクを処理してしまうことです。それもものすごく神経を張りつめて,ストレスの溜まるような作業でではないのです。余裕があって,けっこうスムーズで流れるように自然に進んで行きます。例えば,洗面や朝食の準備といっしょに,トイレやキッチンの汚れたところを掃除したり,壊れたものを修理したり、1日のスケジュールを確認したり,色々な発想が出てきてそれを書き留めたりということが同時に起こってしまいます。体がどんどん動いてくれて,気がどんどん回っているという状態です。主婦の方達が家族の出がけを手伝う時には同じようなことがもっとすごいレベルで起こっているかもしれませんね。周りのプレッシャーなしに,自発的に休息やゆったりする時間もバランスよくとりながらマルチタスクができるように鍛えてみませんか。

 

 

左手で書くというチャレンジ

何か新しいスキルを伸ばしてみませんか?「芸は身を助く」と言われますが,日頃色々なスキルを伸ばせておけば,思わぬ時に役立ってくれます。どんなことでもいいのですが,一定の期間試してみると特定な成果が見えて面白いです。

私は,友人から誘われてテニスのスキルを伸ばすことになってから色々なことが起こりました。健康が改善し,気分の切り替えがよくなり,友だちがたくさんでき,やがてプロのコーチにもなってしまいました。家族とも一緒に楽しむことができ,とりわけ孫と遊ぶのは最高です。自分には全くないと思っていた才能を引き出した経験です。

今密かに続けているチェレンジがあります。左手で書く練習です。始めたり止めたりで,それほど熱心にやっているわけではありません。ぼんやりと「これやったらどうなるかな?」という遊び心でやっていたのですが,ある時もっと定期的にする転機がありました。日曜日の集会に出る時,お話をメモするのを一切左手で書くことにしたのです。当然カタツムリのようにゆっくりとです。しかし,右手でとるメモよりも簡潔で見やすいことが分かってきました。というか,右手ではわざわざメモをとらないのが普通でしたから,記録があるだけでも助かります。もう2年目ですから,少しはスピードも出てきたことと,字の形や大きさにも改善が見えています。私のようにたくさんの記録を書く人間にとっては,時には右手が疲れてしまうこともありますから,ペンをそっと左手に持ち替えて書き続けることができます。左手で書いている時,脳の別のところが刺激されているように感じますよ。もっと発想が豊かになるかな?