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記録の大切さ

知源育をするには、記録がないと進みません。その深遠な力については、何冊もの本にまとめてもまだ書き足りないくらいだと思っています。以前に書いたかもしれませんが、大学でのエピソードです。ある共同研究に関心を持ってくれる人を探して、教育関係の学部を訪問していました。受付の学生に聞くと、都合の良い教職員はいず、彼と「書くことの意義」について雑談をしていました。その時に彼が話してくれたことです。

ある時、学問上のあるポイントについて、ある教授に質問していました。するとその教授の答えの面白かったこと。「その質問ね。答えはすぐにはいえないけど、一度そのテーマで書いてみるからね。そうしたら君に答えてあげられるよ。」こんな答えが戻ってきたそうです。

わたしは、そのように「書くこと」の意義を表現した教授の見識に敬意を払う気持ちでいっぱいになりました。実に達見ですよ。書いているうちに、考えがまとまってくるものです。それまで何となく、漠然と考えていたことがすっきりしてくるのです。新しい気づきや発見も起こってきます。

医学への貢献

わたしのがんを執刀してくださった高本先生は、とても感じの言い方で、明るく笑顔で接してくださったので、難しい手術を不安なく乗り越えることができました。いわば恩人です。因に、彼は東京大学の医学部を出ているので、超エリートです。わたしなどは、同じ東大を出ているとは言え、知的な適正としてはそのエリート集団の一番ビリのグループに属して、みんなについて行くのであっぷあっぷするようなレベルです。

それでも、知源育のお陰で、さまざまな奇遇に恵まれて、この偉大な医療グループの助けをさせてもらっているのです。ポイントは、なんと言っても記録がすべての出来事のスタートラインでした。

振り返り(1)

ブログを書かなかった間に起きた最大の出来事は、2017年の夏、しばらく日本に戻っていた時、体調が変で、阿佐ヶ谷の総合病院で診てもらうと、がんであると知らされたのです。結局そのまま日本に残り、8月30日に8時間ほどにも及ぶ大手術を受けました。幸い、日赤医療センターの医療チームは、その成功率が世界のトップ5にもなる優秀な業績があり、わたしも順調に回復することができたのです。

知源育についていえば、わたしが入院の体験談をレポートしたことが、執刀医の高本健史に関心を持ってもらい、わたしのごとき素人の考えに大変興味を持ってもらい、それ以来メールでのやり取りが続き、医学の発展にわたしがささやかな貢献ができるというのも、知源育的にいろいろなことを試みているお陰です。

転んでもただでは起きない!!

コロナ禍の中で再開

今年のはじめ、新たな決意のもと、毎週1つの投稿をとスタートして間もなく、息切れしてしまいました。その後コロナウイルスの件もあり、半年以上が過ぎてしまいました。あれ以来多くのことが起こりましたので、短くまとめながら、たくさんの投稿をするつもりです。コロナ禍は、ある意味で祝福となりました。家に閉じこもりになるということは、学びや考察の時間がたくさんとれるということでもあったからです。

変化が起こるか否かの境

知源育という「夢実現の仕組み」を長い間試していると、プロジェクトを始めても、あるいは特定の目標を定めても、一向に変化が起こらないことも沢山経験してきました。違いは何でしょうか?

1。目標がしっかり煮詰まっていない

2。生活のパターンにしっかりはまっていない

以上の2つがあると、まず変化が起こっても極めて不安定です。まぐれのように好都合な状況が重なって変化を起こさせてくれることも稀にありますが、空念仏を唱えているような感じで、期待した変化は全然起こりません。では、この2つを克服する方法について振り返ってみましょう。

まず、目標を設定する段階で、第1原則に照らし、そのプロジェクトを達成する努力が自分の人生にとって本当に価値のあるものかどうかを確認する必要があります。いろいろな角度から検討し、身近な人たちからのアドバイスや支持を受けて決めることが好ましいでしょう。漠然としたものでは実行へのとっかかりもなく、やる気も起こりません。言葉にして、書き留めることが必須です。次に、生活のパターンにしっかりフィットさせる必要があります。たとえ、考え自体は良く、他の人を成功させることでも、自分の状況にとってふさわしくなければ、期待される変化は起きません。第4原則のサイクルを使って、ぎこちのないトライアルな時期を越えて、次第にスムーズに自分の生活にとけ込むように調整します。その際には、第3原則の5つのPを絶えず思い出しながら、自分の態度をふさわしいものに変える努力が求められます。改善へのアイデアは実践のさなかに生まれます。メンタルマークしておいて、できるだけ早いうちに記録します。そのアイデアは、第5原則の3つのRのモードで振り返ることを通して、どんどん深められ、発展させられ、みるみる変化が始まっていることに気づくはずです。

豊かにする

知源育の第2原則は、「ローカリティーの充実」”Enrich Locality”という概念ですが、その「充実する」あるいは「豊かにする」ことの中身は、さまざまなスキルを身につけることにあります。ですから、当面、気になっている特定のプロジェクトと平行して、有益なスキルを伸ばすための1つのミニプロジェクトを行うことがお勧めです。そうすると、そのようなミニプロジェクトが積み重なった時に、どのようなプロジェクトであれ、成功させる力量が増しているはずです。

知源育とは

時々、それと知れて当たり前に捉えていることを自問することには意義があり、ものの本質に迫ることには繰り返し、さまざまな角度から問い続けることが大切です。

この新たなブログの始まりに当たり、では「知源育」とは、いったい何ものなのか、この3年半のブランクの後に問い直してみます。

確かに、「夢実現の仕組み」「未知な課題に向かう効果的なツール」、英語で言うと”Universal Performance Improvement Method”などと言えることは、妥当します。5つの原則が巧みに結びついて生活の中に取り入れる時に、確実な成長が、そしてやがて目覚ましい進化が達成できます。私は、およそ100ぐらいのプロジェクトをやって来て、それが驚くほどの成果を生み出してきました。その成功を振り返ってみると、知源育を取り入れるまでの頼りない、ランダムのような努力がふがいない成果しか挙げなかったことと比べて、5原則がしっかり応用される時には、自分の努力は的が絞られ、細かくモニターされながら実践が起こっていくことが着実に成果を生むのだと思います。

長い沈黙の後に

今年、2020年は知源育の開発についての再スタートの年にしたいと思います。小さな投稿を毎週のように行ってみたいと思います。

創造する力

エンジニアリングの仕事を始めて8年になります。画期的な発見が大学などのラボで起こったことがあちこちで話題となりますが、そのアイデアが商品化するのは稀で、しかもその道のりは長いのです。実用化の前には数限りのない難関が待っています。どう解決するのか?

これまでに何十人ものエンジニアやそのたまごである大学生たちに尋ねてきました。「一つの難しいエンジニアリングの問題があります。それに対してどのようにアプローチしますか。」このような質問を投げかけてみると千差万別の答えが戻って来ます。先ず問題の本質を追究する、しばらく問題を後にして別の活動をしてから問題に戻ってくる、関連した情報を集める、同僚にその問題について説明しインプットをもらうなどです。

成功しているエンジニアたちには特有の自信があります。未知の問題に対しても解決方法を見出すことができるという自信です。それは創造する力です。知源育のプロジェクトを進めるときには当然たくさんの難関も通り抜けますから、当然この創造力が求められます。多くの問題には出来合いの解決方法が使えないからです。それはチャレンジですが楽しい経験にもなります。発見の喜びがあるからです。5つの原則のどれもがこのプロセスを促進してくれます。創造力と深い所で結びついているからです。

発問術

古代ギリシャの哲学者たちの時代から、いいえどこの文明でもその夜明けから質問によって様々な考えが発展してきたことでしょう。限りなく質問してくる幼児に閉口した経験があるかもしれません。何年も経たないうちにすばらしい知恵をつけていく人間の成長を思うと、質問することの大切さを思わずにいられません。

教育界では、「発問」という言葉で、教育者が学習者の思考を助ける質問の仕方を表現しています。上手な発問によって、考えが「促され」「深められ」「ゆさぶられ」るのです。

知源育のプロジェクトもこの発問力によって促進されます。第5原則が生活に浸透するということは、記録が増えていくことも意味します。記録と共に考えるからです。そこで、発問力が鍵になります。疑問を書き出してから、その答えを模索して記録にまとめます。記録があるからこそその疑問に何度も戻って来て、深め、大前提になっている考えでさえ、まな板の上に持ってきて調理することも起こります。いろいろなよい変化を起こす前提に、先ず考えや見方を吟味することがあることを覚えておきましょう。

よい発問ができないならば、何と時間や努力を浪費することになるでしょうか。自分の頭脳に質問を投げかけてやると、歩きながらでも何かの作業をしながらでも頭脳は考え続けます。